プライドの塊だった私が伝えたい!自己肯定感が低い人ほどプライドが高くなる理由

モヤモヤさん

僕仕事とかはプライド持ってやってるし自信もあるんだけど、何か人の意見を素直に受け入れられなかったり人と比べてしまったりと、自己肯定感低いなと感じることが多くて自分が良く分からないんだ。。

じん

なるほど。私もそうだったので分かりますが恐らく自己肯定感は低いけどプライドは高いという状態だと思います!詳しくお話ししますね!


という事で今回は

自己肯定感が低い人ほどプライドが高くなる理由

このテーマとなります。



自己肯定感が低い人と聞くと、

・自信がない人

・自己主張しない人


などを思い浮かべる人が多いかもしれませんが、そんなことはありません。

自信満々だったり、ガンガン自己主張したりする人でも自己肯定感が低い人は沢山います。今日はそういった人の特徴をお伝えします。
自分自身そうかもと思う方は自分の理解を深める参考にして頂ければ幸いですし、周りにそういった人がいるという方は良好な人間関係を築く参考になさってください。


先ず簡単に自己肯定感という言葉の定義はこちら。
比較する言葉として自信の定義も記載します。

■自己肯定感
無条件で自分には価値があると信じている感覚(絶対評価

■自信
条件付きで自分には価値があると信じている感覚(相対評価

そもそもプライドとは?自己肯定感が低いのにプライドだけ高いとダメ?

プライドは誇り(ほこり)です。
誇りとは名誉に感じることと辞書やネットに記載があります。


厳密に言えば自信とプライドは違う意味ですが、ややこしいので同じと考えてOKです。冒頭でお伝えしている自信の定義=プライドとしてここから記載していきます。
条件付きで自分には価値があると思えてることなので、誇りを持ってるのとほぼ同じですからねw


プライド(自信)を持っていることは全然悪くないですが、そこに承認という甘い果実が加わると不要な悪いプライドになります。

自己肯定感が高い状態での自信は「誇り」になる・・良いプライド

自己肯定感が低い状態での自信は「驕り(おごり)や慢心」になる・・悪いプライド

というイメージです。


この良いプライドと悪いプライドをイメージしやすいようにアニメのキャラでいうと
鬼滅の刃で言えば
自己肯定感が高い状態で自信もあるのが竈門炭治郎
自己肯定感が低い状態だけどプライドは高いのが不死川実弥や伊黒小芭内
という感じです笑


炭治郎のように自己肯定感が高い状態だといつも自然体で、悩んだりする時間は少なく前に進むエネルギーが強いです。それに対し不死川実弥のように自己肯定感は低いけどプライドが高いと見栄を張ったり、自分より下だと思う人間を馬鹿にしたり、人に馬鹿にされたりすると過剰に反応したりなどをします。
決して不死川実弥のことを否定してる訳ではないのでファンの方ご了承ください。私もとても好きなキャラクターです!

自己肯定感が低い人ほどプライドだけが高くなる理由

自己肯定感が高い人がプライド(自信)が高くなるのは何となくイメージ湧くと思います。ありのままの自分に価値があると思えているのに、でも自分に全然自信ないんです。。って人はあまりいませんからね。


それに対して自己肯定感が低いけどプライドは高い人はあまりイメージが湧かないかもしれません。


自己肯定感が低いというのは
ありのままの自分には価値があると思えていない状態

ですが、自分に価値がないなんて誰しも思いたくは無いですよね。。なので頑張って人との比較競争に頑張ってその結果
〇〇ができる自分という自己イメージを作り
その自分に価値を感じるようにするのです。


これが
自己肯定感は低い人ほどプライドが高くなる
最大の理由です。


当然〇〇ができる自分を作るために努力もしたでしょうから、成果も出して周りから褒められたり評価されたりなど承認も沢山されてきたはずですが、それがより〇〇ができる自分に価値があるという意識を加速させ、悪いプライドが形成されていくという流れです。



自己肯定感が低いけどプライドだけ高いことによる影響



別に何かできることに対してプライドを持つのは良いことじゃないか!


と思う方もいると思いますし、実際にその通りですが「自己肯定感が低いのにプライドだけが高くなっている」というのが問題で


ありのままの自分の存在を認めることができていない

けれど

〇〇ができる自分であることで他者から存在を認めてもらう


それにより自分には価値がある。もっと言えば生きてて良い存在なんだということを自覚するという感覚です。


つまり他者からの承認ありきで自分の存在を肯定しているので、承認が無いと心が満たされなくなってしまうのです。



自己肯定感が10段階中2だとして、プライドが10だとしたら、その差の8が不充足感(満たされてないと感じる気持ち)になって、それを埋めるには承認が必要になります。


イメージで言うと、自己肯定感が低いと自分の心のコップに穴が空いてる状態で、穴が空いてるので自分や他者が水を注いでもどんどん漏れて空になっていってしまいますが、プライドが高いとその穴が拡張されていき、注げど注げどどんどん水が漏れて空になるので絶えず水(承認)が必要になるというイメージです。


そして
必要とする水の量(求める承認の量)は、自分が凄い活躍したりしていたピーク時の賞賛、承認、愛情が基準となるので、基本的には満ち足りて無いと感じる時の方が多いでしょうね。


こうなってしまうと、自分自身も周りも苦しくなってしまいます。


頑張っているのに何か全然心が満たされないという感覚が多く、たまに凄い承認をされた一瞬だけ満たされれる。周りは別にその人のことを否定してないし承認しているのですが、その人が満たされないのでどうすれば良いんだと悩むという双方が苦しい状況になってしまいやすいです。



自己肯定感が低くても、そのプライドには価値がある

ここまで、自己肯定感が低いのにプライドだけ高いのは悪い!
というニュアンスで伝わっている可能性もありますが、全く悪くはありません。


それは何か一生懸命やってきた証であり、自分の財産です。
ただ、そんなに努力をして、一生懸命生きてきたのに、ありのままの自分を肯定できずにいるというのが非常に勿体無く、想像するだけで私も心が苦しくなります。



実は私自身もずっと自己肯定感は低いけどプライドだけは高いという状態でした。



12歳まで不登校だった経験(詳しくは自己紹介ページへ)も強い劣等感になっていて、その劣等感を消そうと死にものぐるいで努力して努力して努力して成果も少しずつ出してきました。初めて入ったフルコミの営業会社で1位を取りめちゃめちゃ賞賛承認され、次に入った不動産会社でも成果を出し役員に選ばれた事が影響して気づけばプライドの化身みたいな人間になっていました笑


それに気づいたのは30歳になった時くらいでしたが、決して無駄だったとは思いません。例え動機が「認めて欲しい」「受け入れて欲しい」「愛して欲しい」などだったとして(もちろん当時はそれが動機だと気づいてないです)、努力して、成功して、失敗して、笑って、泣いて、を繰り返し一生懸命生きてきた自分はいた訳ですから。


その自分がいたからこそ、ありのままの自分にも価値がある
と思えました。直接的では無いですが、そう思える後押しを間違いなくしてくれたと思います。

ですので、今回の記事を読んで自己肯定感が低いけどプライドが高くなってしまってる。。と思った方は、決して自己否定しないで大丈夫です。


そのプライドには価値があります。


というか自分がそうかもと認知できてるのが非常に素晴らしいです。ほとんどの人が気付けないですから、気付けてる時点でもう大丈夫だと思います。


なのでプライドを無くしていこうとは考えず、自己肯定感を高めていこうと考えていきましょう。〇〇ができる自分には価値があると思えてる状態から

〇〇がないありのままの自分には価値がある

そう思えるようになっていけたら、よりハッピーな人生が待っていますよ♪


まとめ

いかがでしたでしょうか?


自己肯定感が低くプライドもない人も「私なんて」とか「なんで私はこんななんだろう」とか心が苦しい時は多いでしょうが


自己肯定感が低いけどプライドが高い人も、同じように苦しんでいると私は思っています。


世の中の人がみな、ありのままの自分には価値があると思えるようになって、むしろいちいち思わないほどそれが当たり前になり、いつか自己肯定感という言葉すら消えていくことを願っています。


記事を読んで頂きありがとうございました。