自己紹介

じん

私の自己紹介をします!


自己肯定感の学校・代表プロフィール

ジン
33歳

自閉症・1,000日以上の不登校
重度のコンプレックス・うつ

を乗り越え

フルコミッションセールスで全国1位
不動産会社の取締役を6年
新規営業0、クチコミのみで年間200名以上の方から物件探しの依頼をもらい続ける

など様々な経験を活かし

人々の自己肯定感を高め
「本当はこんな人生を送りたかった」
「こんな自分になりたかった」

という願いを叶える為に活動中!


人生ストーリー

左が私で、右が兄です


12歳まで、自閉症でほぼ学校に行かず不登校。
学校に行っても誰とも話せず、恐らく小学校6年間で同級生と話した時間は合計1時間以下w
ワクワクさんとさわやか3組を見た回数だけは世界一位。



そんな幼少期を過ごしていました。



毎日家でテレビを見るか漫画を読むかゲームをするかばかりの日々で、全てに飽きてくるので一人遊びを色々考えてずっと一人で過ごし、たまに隣に住んでる親戚のSちゃんと遊ぶのだけが唯一の楽しみ。しかも当時は両親の仲が悪く、毎晩のように喧嘩し時には家の扉のガラスを割るほどの喧嘩もあって、家にいるのもドキドキしてるような時間が多かったです。



本当は


学校に行きたい


友達が欲しい


休み時間にみんなと遊びたい


ポケモンも一人でやるんじゃなくてみんなとやりたい


普通の子供のようになりたい


思いっきりスポーツもしてみたい


周りの目を気にせず街を歩いてみたい



そんな本心を胸に抱えながら





ずーっと変わりたいと願い





今日こそは学校に行ったら

「おはよう」

と同級生に声かけてみよと思うのですが、結局勇気が出ずに言えないままで、変わりたいけど変われないという日々を3000日以上過ごしました。
今では当たり前に使う「おはよう」という言葉が、当時は何度口から出そうとしても出ない、あまりにも遠い言葉でした。

転機になった出来事

一つの転機になったのが、
当時は夜19時から必ずジャイアンツの試合が放送されていたので野球に興味を持ち始め、小学校5年生の時に父親が野球観戦に連れていってくれました。


オリックスVS日本ハムファイターズ


まだイチローが日本にいた時代で、テレビでは見た事ありましたが生でイチローを見て完全にファンになり、後日イチローの自伝を父が買ってきてくれて読みました。不登校で自由な時間はめっちゃあるので本を読み切るスピードは異常に早いです笑


イチローの自伝を読んでいく中で、イチローも友達と全く遊んでいないという事に共感したというか少し安心したのと、プロ野球選手を目指す中では背も小さく細身な体型で明らかにハンデを背負ってましたが


それを言い訳に一切することなく


毎年360日以上練習するという日々を過ごしていました。


そのイチローの尋常じゃない努力を知り、

オレはこんな努力すらせず

もっと親がちゃんとしてたら

違う学校だったら

幼稚園の時にもっと良い先生がいたら


そんな言い訳ばかりをしている

と、気づき

自分の力で人生を変えよう

そう決意しました。


中学校に入ったら野球部に入り、そこで人生を変えていこうという計画を立てるのですが、こんな何も話さないやつが野球部に入ったらどうなるかなと想像したら、イジメられてるイメージしか湧かなくてかなり葛藤しました。


でも、ここで変われなかったら一生今のままだと思い必死に考え、その時に思い浮かんだのがスラムダンクの流川楓でした。流川もかなり無口ですが、バスケがめちゃめちゃ上手いのでチームにとっては必要な存在になっています。

これだ!!
と思い、先ずは野球を上手くなるしかない。急に話せるようにはならないけど、野球さえめちゃめちゃ上手くなればチームにとって必要な存在にはなれる。


そう思い、自分に誓いました
①野球部に入部届を出すこと
②毎日1000本素振りする
③3年間、部活も学校も休まず毎日行く


いきなり1000本の素振りが出来たわけではなく最初は30本くらいで限界でしたが、次第に100本、200本と増え、半年後くらいには1000本素振り出来るようになっていました。


人生を変えるために動きだす

そして中学校へ入学

部活の募集が始り、入部締め切りの日が近づいていくのですが入部届を出すのが怖くて

出せないまま数日過ごしました、



でも、このままだとまた今までと同じような3年間を過ごす


「変わるって決めたんだろオレ」
男子トイレで一人で自分を鼓舞し、職員室へ向かい野球部の顧問へ入部届を提出しました。


恐らく人生で1番勇気を使った瞬間だと思います。


そうして無事に?野球部に入り、全然話せないので嫌な思いも沢山しましたがそれでも頑張り続け、バッティングでは結構打てる自信も付いてきました。


夏に3年生が引退し、秋に1、2年生の新チームでになっての最初の大会、レギュラーになれるかと思い期待してました。レフトを守っていたので欲しい背番号は7番。レギュラー発表の時に監督が1番から読み上げていって、4、5、6、7番の時、心臓がすごい音を立てていましたが、結局僕の名前は呼ばれずに、貰った背番号は14番でした。


人生変えようと決意し


勇気を振り絞って野球部に入部届を出し


手から血が出ようと雨が降ろうと1000本の素振りを続けてきたのに


「結局変われないのかオレは」


そう絶望し、一人で家で号泣し続けました。


それでも、ここまで頑張ってきたじゃないかという努力が心の支えになり、次こそと思って1000本の素振りを継続しました。


そしたらその数ヶ月後の練習試合でなんと4番を任せてもらうことができて、めちゃめちゃ嬉しくて、初めて人生が変わっていっているという手応えを掴みました。


毎日素振りをしている成果もあって、バッティングはかなり打てるようになっていました。4番を打った影響もあり、周りの子達が「なんでそんな打てるの?」と聞いてくるようになり、今までの自分なら無視一択(悪気はありません笑)でしたが、素振りを続けてきた努力と、4番を打ったことが自信になったのか「毎日1000本素振りしてるからだよ」と自然に返すことができました。


野球部の子達と野球に関しての話ができるようになり

野球部の子達と野球以外に関することも少し話せるようになり

クラスメイトと話せるようになり

友達ができ


ほんと少しずつですが、人生が変わっていきました。
震えるほど怖かったですが、野球部に入部届を出して本当に良かったと心から思っています。



この経験から

【自分が変わろうと決意し努力すれば、人生は必ず良くしていける】
そう思うようになりました。

自分を偽り続けた高校・大学時代


その後、高校ではもっと人生を変えようと無理矢理明るく振る舞い


大学でもなるべく明るく振る舞い


でも、不登校だった過去が強烈なコンプレックスになっていて


僕はずっと不登校だった過去を隠して生き続けていました。


小学校時代の話とかになると何とか誤魔化し
嫌われないようにと自分を作って話を相手に合わせ


ずっと欲しかった、普通の高校生や大学生が歩むような日常が手に入ったのに


何か、
心がぎゅっと締め付けられるような苦しさを感じていました。



そんな苦しさを抱えながら、大学3年の終わり頃になり就職活動が始まったのですが、全然上手くいかず、失礼な話ですが正直良い会社とは思えないなという会社からすら内定をもらえず、自分に対しての自信を無くしていきました。不登校じゃければもっと違う人生になっていたのかな。。と、不登校だった過去をより後悔したり、後悔しつくすとあのドン底から変われただけでも幸せだと思わないとなと自分に言い聞かせたり


人生変えたはずなのに、不登校だった過去が僕の心にはずっとこびりついていました


就職活動の途中で、大学の友達のRくんが合同企業説明会に一緒に行こうと誘ってきて、東京ドームシティで行われていた合説に一緒に行く事に、何社かの説明を受けて、じゃあ帰ろうかと水道橋駅に向かう途中で、若いお姉さんが「大学生に英語に対する意識調査のアンケートしてるんですけど1分よろしいですか?」と声をかけてきて、僕とRくんはそれを記入して帰りました。

2、3日後に知らない番号から電話がかかってきて、その電話に出ると英会話のアンケートの時のお姉さんで、新宿で大学生専門の英会話スクールをしているから見学に来ませんか?という内容


何となく行ってみようかなと思い数日後に見学に行き


一通り説明を聞き、大学生が一杯いて楽しそうだなと思ったのと、英会話だけでなく社会人としての基礎を養うサークル活動のようなものもあって、凄い成長できそうだなと思い、ちょっと高額(50万くらい)でしたが頑張ってバイトしてローン返済していこうと入学することに決めました。


そしたらそのサークル活動が結構ガチで、大学生500人く以上いたので5つのグループに分かれそれぞれが会社のように役職も付き本格的に運営されてました。そのTOPの人たちは能力的にも人間性的にも素晴らしい人が多く、僕もこんな人間になりたいなと憧れていました。


ただ、凄いアクティブな学生たちに圧倒されてあまりその活動に参加できずに。。

不登校だった過去は初めて話した日

そんなある日

僕が所属していたグループのNo2のIさんと話す機会があり、色々話していると
「陣内さ、お前何か隠して生きてるだろ?」と言われ、すごいドキドキしました。


何で?
オレが不登校って事を知ってるわけはないけど、何でそんな質問をしてきたんだ。。と混乱しましたが、Iさんの事を信頼していたので、「言ってみるか」と思い人に初めて不登校だった過去の事を話しました。


ずっと不登校で友達も一人もいなくて、毎日変わりたいと思っても変われなくて
だけど人生を変えようと決意して中学で野球部に入って毎日1000本素振りして、少しずつ人生を変えることができた。


でも、やっぱり不登校だった過去は邪魔だと思っている。


出来る事なら戻ってやり直したいくらいに思ってしまっている。不登校じゃなく、普通の子達と同じような幼少期を過ごしていたら別の人生に、もっと輝いた人生になったんじゃないかと考えてしまう


そんな話をしたら、Iさんは
「なんだそんなことか、オレはてっきり過去に人でも殺して来てるんかと思ったよ笑
それは冗談だけど、陣内、その過去は消したい過去でも、恥ずべき過去でも何でもなくて


お前の人生の財産じゃないか


だってオレ以外の人は恐らく過去に何かあったなんて気づいていないし、そのくらいお前は変わってこれたんだよ。しかも自分で血の滲むような努力をして、そんな人にオレは出会ったことないし、メチャメチャ尊敬する。


それに、お前は乗り越えてこれたけど、同じように人生に絶望していて、変わりたいけど変われないで苦しんでる人はきっと沢山いるから、そういう人の力になれるのはお前だけにしか出来ないことかもしれないよ。」


そう言ってくれて、鳥肌が立つほど嬉しくて

人生観が大きく変わるほど衝撃的な言葉でした


ずっと消したいと願っていた不登校だった過去を、初めて

あって良かったんだ

オレの人生は、消さなくて良いんだって


そう思えたことが嬉しくて嬉しくて仕方なかったんです。

上手くいき始めた人生

それから僕は、

不登校だったり

いじめられた経験があったり

コンプレックスに悩まされ続けていたり

人生に絶望していたり

変わりたいのに変われないで悩んでる

そんな人たちに

夢や希望を与えたい


という夢を持つようになりました。
今までは自分の可能性を自分で消してしまっていましたが、このIさんとの会話により自分の可能性を信じられるようになり

英会話のサークル活動に積極的に参加するようになったり、色んな自己啓発のセミナーに参加したり、社会人の人と会える場に足を運んで刺激を受けたり、すごいアクティブになりました。

30歳になったら起業しよう

そのために23歳で営業1位になり
25歳でマネージャーになり
27歳で役員になり
28歳で年収1000万になり
30歳で独立しよう
という計画を立て


逃げ道を探さないようにと完全歩合制の営業の世界に入ることにして借金まみれになりながらもしがみつき、全国1位を取ることができました。


その後に誘われて入った不動産会社でも成果を出し、2年目でマネージャーになり、3年目には周りの社員からの推薦で役員になることができて、20代で年収1000万以上になることもでき、自分でも良くやったなと思えるほど順風満帆な日々を過ごせている


28歳の頃は、そう思っていました。



原因不明のモヤモヤ〜自分と向き合い続ける日々〜

ですが、その表面的な輝きとは裏腹に


何とも言えないモヤモヤをずっと抱えていました


目標を達成していっているし、幸せだなと思うことも沢山ありました。
収入や役職も世間的に見て結構良い方で、不登校時代にバカにしてきた同級生たちより絶対オレの方が成功してるという高揚感や優越感みたいなものもありました。


だけど、何か満たされていない


肩書きや収入が上がっていってるのに対し、人生の幸福度が全く比例していない
という自分でも良く分からない状況になっていました



そんな時、会社の代表が通っていた研修に「陣ちゃんも通ってきたら」と言ってきました。

「どんな研修なんですか?」と聞くと、「人生にめっちゃパワーが出るよ」と返答

「怪しい。。」

そう思いましたが、確かにその研修に通ってから社長は今までよりも成果を出していて、イキイキしてる感じがしたので、通ってみることにしました。


今まで1日や3日間のセミナーとかは良く受けてきましたが、そこは大学のような感じで週に最低8時間は通ってね、カリキュラムが完了するまで継続というスタイルで、僕は週に1日そこに行き8時間研修を受けました。


そこが、徹底的に自分自身と向き合う研修で
自分のダメなところや、人を裏切ってしまったこと、自分を正当化したこと、逃げたこと、直面を避けていること、それらと徹底的に向き合い続ける
ちょっとでも他人のせいにするとめちゃめちゃ怒られるという状況で、正直何度辞めようと思ったか分かりませんが継続しました。


自分と向き合ってる途中は本当嫌でしたが


向き合いきった時に、なぜかふと笑えてきました


僕は、自分を優秀だと思っていました。
自分で言うのもちょっと恥ずかしいですし、完全に井の中の蛙でしか無いのですが笑


成果を出さない自分には価値が無いと思っていて、何とか成果を出すために死ぬ気で働き続ける日々、お金もほぼ貯めずに自己啓発とかに投資して学び続けていました。
でも、この研修で自分のダメなところや失敗体験を大学ノート3冊分くらい書いていき、書き終えた時に


「オレ優秀でも何でもないじゃん。むしろクソじゃんか笑」
と思ったんです。


だけど、
逃げたり
裏切ったり
避けたり
失敗したり
しながらも、何とか乗り越えて今日まで生きてきたんだなと思ったのと

優秀ではないけど、オレの本当の良いところって、人が見てなくても人一人で努力を継続できることや、諦めずに頑張れるとこだなって


人と比較してではない自分の良いところを見れるようになったんです。


この経験で思ったのが、僕は結局まだ不登校だった過去を消せてはいなかったんですよね。正確に言うと不登校だった経験自体はIさんとの対話の中である程度肯定できるようになっていましたが、高校や大学が偏差値低いところだったりとか、社会人になってからも最初はめちゃめちゃ借金まみれだったりとか、そうした自分が周りに比べ劣っていると感じていて


そのコンプレックをとにかく消したかった

不登校だった過去をある程度肯定できるようにはなったけど、結局今の人生を幸福と思えてなければ過去の全てを肯定することまでは出来なかったんですよね。

だからそのコンプレックスを消そうと死ぬ気で努力して努力して、成果を出して来て、オレは優秀だ!!と自信を持てるようになっていたけれど

そんな自分がこの研修で丸裸になり

全然優秀じゃないなと気づき

初めて本当の自分自身と会話したような感じになりました




「本当は、誰かに認めて欲しかっただけなんだよね?」
自分の心からそんな声が聞こえてきて、研修中なのに泣きそうになったのを覚えています



そう、
僕はただただ誰かに認められたかったんだ


愛されたかったんだ


必要とされたかったんだ


興味を持って欲しかったんだ


存在してて良いんだよと


そんな許可を誰かに与えて欲しかっただけなんだ




人生を変えたいと悩んでる人のために、不登校の子達のために、周りの人たちのためにとカッコつけていたけど、ただ認めて欲しかっただけなんだなと気づいた時に


死ぬほどダサくてカッコ悪い自分なのですが


初めて自分のありのままの声を聞けた気がして


自分という存在が愛おしくなりました。



完全にではないですが、少しずつ自分の存在を自分で肯定できるようになった。つまりこの時に自己肯定感が少し上がったんです。




それから人生が凄く楽になりました。



今までは会議とかで反対意見などがあると「否定された」と感じショックを受けたり、言い返したり、なんでこの提案の素晴らしさが分からないのだとイラついたりしていのたが、相手の意見をそのまま「意見」と受け取れるようになりました。


相手の意見は意見であって自分に対して否定などの意図はなく、「否定と感じている自分がいるだけ」だと気づいたんです。今までも頭ではそう言い聞かせていてもいざその場になると感情がついてこなかったのが、自己肯定感が上がってから会議の場に参加した後とかに、「あれ、今までだったらああいう発言された後にイライラしてた気がするのに全くないな。」と感じたのです。


人がイライラしてる時には、
「そんな小さい事でイライラすんなよ」
「大人なんだからさ」
とイライラしてる人にイライラという悪循環になっていましたが、「この人も、オレと同じように根っこでは自分で自分の存在を認められてなくて、苦しいんだな」と思えるようになってから、イライラする機会もかなり減りました。

自分をドンドン好きになっていく

この一連の経験を通して

自分が一番自分自身と毎日一緒にいるのに、いつの間にか自分と凄い遠い存在になってしまっていたんだなと気づきました。


自分の心の声にフタをして


自分で勝手に人生に邪魔なルールを設け


自分で自分に嘘をつき


自分で自分にカッコつけ


自分で自分を苦しめていたんだなと






もっと自分を愛しても良いし

もっとありのままの自分で居ても良い


そう思えるようになりました。




そこから更に自分の人生が変わった大きな出来事が2つありました


それは結婚と、両親への認識が変わった事


まず結婚は
先ほどの研修を受け終わったくらいで付き合い始めた子と結婚したのですが、例えばお金があるからなどの「〇〇があるから」という理由無しで僕と一緒にいてくれる子だなというのを一緒に生活していく中で感じて、今までは〇〇がある自分に価値があり、何もない自分には価値がない。


何もない自分は愛されない

そう思っていたのが、何もない自分でも、ありのままの自分でも愛してくれる


この安心感が、本当に僕の考えを大きく変えてくれました。表現は難しいですが、ありのままの自分で生きてて良いんだと、先ほどの研修を受けてる時よりもより強く思わせてくれたのが妻の存在でした。


そして結婚式でも
ここまで書いたように12歳まで不登校だった訳ですから幼少期の繋がりは誰も参加していません。高校以降の知り合いしか参加してないわけですが、高校、大学、社会人になってからの仲間が二次会も含め100名以上参加してくれて、本当にこの人たちに出会えて良かったなと思えて


今まで、少なからず人生やり直したいなと思う時はありました。特に23、4歳頃までお金に苦労しコンプレックス悩みまくってた頃は


でも結婚式の場に登場し、新郎挨拶で会場に来てくれた方々の顔を見た時に、本当にこの人生で良かったなと思えて、

この人たちに出会えないのであれば、人生やり直したいとは決して思わない

今の人生が最高だ


心からそう思えたんです。


不登校だった過去も、コンプレックスを消すためだけに頑張ってた日々も、借金まみれだった日々も、そんな苦しかった過去の一つ一つがあってこの人たちと出会えたのだから、今までの全てがあって良かったと。



この結婚と結婚式は僕に

ありのままの自分で生きてていんだという安心感

今の人生が最高だという確信

を与えてくれました。



そして両親への認識の変化は、
結婚後に「家族史」という家族の歴史を一冊の本にするというサービスを友人がしていて、せっかくなのでとお願いし友人が何度も実家に足を運び両親にインタビューしてくれ


数ヶ月後にその本が出来上がり家に届き封筒を開くと表紙に母の写真と言葉が書かれていて


その言葉が
「64年間生きてきて、一番嬉しかったのは裕大の結婚式です」
と書かれていて、それを見たとき家で一人で泣いてしまうほど嬉しくて


親が自分に沢山の愛情を注いでくれてたとは思うようになっていましたが、冒頭の方に書いたように小さい頃両親の仲が悪かったというのもあり親の愛は半分は僕のそうあって欲しいという期待もありました。


ですが、この言葉を見た時にその期待が、確信に変わりました。


更に家族史の中を見ていくと、今まで知らなかった、いや、恐らく自分が知ろうとしていなかったか気づいていなかった、両親の人生や自分に対する想いを知る事ができて


自分はこんなに素晴らしい両親から、沢山の愛情をもらって生きてきたんだ


そんな自分に、価値がない訳がない


もっと先にはじいちゃんばあちゃん、その先にもひいじいちゃんやひいばあちゃん、その人たちが一生懸命生き繋いでくれた自分の命が、存在が、価値ないわけがない



別に何も出来なくても


どれだけ失敗しようとも


仮に両手両足を失ったとしても


自分の存在には価値がある


そう思えたんです。



ありのままの自分に価値がある

こうして人生を振り返ると

不登校から変わった経験から
自分を変えようと決意すれば、人生は必ず良くしていけることを学び

20歳の時のIさんとの会話が
過去を肯定するキッカケとなり、過去に縛られるのではなく、これからどう生きるかが大事だということを学び

24〜27歳の成功体験が
過去のコンプレックスをある程度解消してくれたが、強烈な虚無感から自分を見つめ直す機会の必要性を学び

27〜28歳の自分と向き合った研修の経験が
人のためにとか言いながら、本当は「認められたい」「必要とされたい」など自分の存在を誰かに認めて欲しいためだけに頑張ってたんだなと、本当の自分の声を聞く大切さを学び

29〜31歳の結婚と親への認識の経験が
自分の存在の価値に気づくことの大切さを学び


こうして様々なことを学び


成果を出す優秀な自分には価値がある
と、人と比較しての自信が作られ

努力を続けられる自分に価値がある
と、人との比較関係なく自信を持てるようになり

ありのままの自分に価値がある
と、何も条件を付けずに自分の存在を肯定できるようになり


このような流れで自己肯定感が上がり本当に人生が大きく変化しました。


・人と比べることがなくなり

・人の目や評価が気にならなくなり

・自分を良く見せようという気持ちがなくなり

・失敗や人に嫌われたくないという気持ちが減り

・自分の心の声を大切にできるようになり

・自分で自分の背中を押せるようになり

・毎日が楽しくなり

・人生にワクワクするようになり



もちろん人と比べないなどは完全に無くなったとは言えませんが、以前に比べると10分の1くらいになったと思いますし、何より人生の幸福度が格段に上がりました。


全てを手放し本当にやりたいことへ


そして、31歳の誕生日を迎えた頃、自分が本当にやりたい事って何だろうか?
と改めて考えるようになり


不動産の仕事もやりがいは感じていましたが、自閉症、不登校で人生に絶望していた時代の経験から、人生変えたい、自分を変えたい、と願ってるけど変われないで苦しんでる人を支えるようなことがしたい。


元々好きで心理学、脳科学は結構勉強していましたが、更に2年ほど勉強し自分が自己肯定感上がり「今の自分が大好き」「今の人生が大好き」と言えるようになるまでの要素を研究し


こうすれば必ず自己肯定感を高めることができ

人生に悩んでる

自分が嫌いで苦しんでいる

変わりたいの全然変われない

やりたい事があっても諦めてしまう

本当は結婚したい

本当は自分の夢を追いたい



こうした悩みを持つ人たちが


自分が大好き


自分の人生が大好き


となり、

本当はこんな人生を送りたかった


という願いを叶えていく人を増やせる
そう言えるプログラムを作り33歳で会社を設立しました。


そして現在に至ります。

不動産会社の役員を続けていた方が収入の安定さなどは有ったでしょうが

不思議と不安はありません。

本当にやりたい事にチャレンジし続けている今が最高にワクワクしています。




ずっと先のことまでは描けてませんが、


こうして僕に興味を持ってくれた方の自己肯定感を高めていき


自分が大好きと言える人が増えれば


孤独感や劣等感からくる人間関係の不和が減り


不要な争いが減り


本当に意味での多様な世の中になっていき


今よりも更に素敵な世界になっていくと信じています



興味を持って頂き、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。


自分を好きになりたい


人生変えたい


そう思った時に僕の存在を思い出してくれたら幸いです。



ここまで読んでくださった皆さん

これまでの人生で出会ってくれた方々

そして、ここまで共に歩んできた自分へ



ありがとう













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